木漏れ日の散歩道

子育て卒業。日々の暮らしのあれこれと思うこと

帰りたい場所と帰るべき場所の境目

寒い朝でした。
今朝6時前のリビングの室温は、20℃を下回っていました。
室温が20℃を切るのは今季初です。

いよいよ冬…なのかしら?

 

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今日は予定どおり実家へ行ってきました。
両親はとても元気にしていましたし、持参したおかずも喜んでもらえました。
ネガティブ発言もあまり見られず、気楽な滞在でした💕
私に手伝ってもらいたいこともあれこれ準備してあって、役に立った!という満足感もありました。

さて。

昨日から考えていたこと。
以前は実家の両親に会うことは、大きな楽しみでした。
新幹線に乗って、何時間もかけて訪ねる実家は居心地のよい場所であり、子育てに忙しく、気の張った日々を過ごす私にとっては、ホッと一息つける場所でもありました。

いつの頃からでしょう?
両親の暮らす家が、《帰りたい場所》から《行かなくてはならない場所》に変化したのは。

多分、私が守られる立場から守る立場になった時なのだと思います。
頼ってよい相手だった両親から、頼られる立場になった時…と言ってもよいかもしれません。

母から『みんながカモミールを頼りにしている』と言われた時、ずっしりと背中が重くなりました。
母が言いたかったのは、私に健康でいてほしいということだったのだと思います。
両親も、義父も、夫も、長男家族も、次男も、いざというときには私を頼るのだから…ということだったのかも?

それでも、あぁ、今の私はそういう立場にあるのだなぁと。
実際は、夫や息子たちは私を助けてくれると思います。
ただ、『かーちゃんは何とかしてくれる』と思っていそうなのも事実。

先日、メンタルクリニックの先生とも話したのですけれど、私の気持ちの浮き沈みは、実家訪問のタイミングと見事にリンクします。
行く日が決まると徐々に落ち始めるのです。
何がそんなに辛いのか?と聞かれると困るのですけれど、手料理を持っていくこと、両親の愚痴に付き合うことなどいろいろと想像すると、気が重くなるのですよね。

両親に会いに行くことを重荷に感じること。
そこに自己嫌悪を覚える私もいます。

さらには自分がその年齢になった時のことも考えます。
若い世代が、本当に喜んで会いに来てくれる存在でいたいと、心の底から思います。
でも、母が言うように、その年齢にならないとわからないこともたくさんあるのでしょう。
若い世代に頼らずに生きていくことは、おそらく不可能です。
その時に自分がどのように生活し、どのような言葉を口にするのか?
そんなことまで考えます。

義父に会うことも、両親に会うことも、本当にいろいろなことを考えさせてくれます。
そこから描けるものが、決して明るい将来像ではないことも、気持ちを沈ませる要因になっています。

 

 

 

 

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